あの日、泣けなかった思い出ショートショート とりぶうの読むコント~宮古島  あの日、泣けなかった思い出 


あの日、泣けなかった思い出

テーマ : 日記 ジャンル : 日記



みなさんこんにちは。

そんなこと聞いてないよ!

というのは寝耳に水。

さいきん、耳に水が入りました。

別に寝てたわけではないのですが、

シャワーのあと、耳に水が入ったまま、しばらく取れませんでした。

しきりに片足でおっとっとっと、のポーズをやってたのですがとれません。

やりながら、歌舞伎を思い出しました。




歌舞伎を思い出す 2013 1・17




さいわい、水は知らないうちに取れたもよう。

ほっとしました。

ほっとしたついでに、さらに思い出したのですが。

子どものころわたしは耳や鼻に水が入ることを非常におそれていました。
こわい!
恐怖!
今日、麩のみそ汁!
というぐあいにおそれていました。

それには理由があります。

小学校1年生の夏休みに、同級生が池でおぼれて亡くなったからなのです。
むっちゃんと呼ばれていたその男の子は、ムーミンに似たやさしい子でした。
じつは、その子はわたしのことが好きだったらしく(!)
毎日学校で、人形にするみたいにわたしの頭をなでては、
「とりぶうちゃん、かいらし(かわいらしい)なあ」
としみじみいうのでした。
いまおもえば唯一のモテキだな。

わたしはとくにむっちゃんのことが好きでもなかったし、
自分のことをまったくかわいいと思っていないどころか、
むしろブサイクなほうだと思っていたので、ひそかに、
「むっちゃんはちょっと変」
とすら思っていたのです。

お盆の送り火の日。
8月16日。
むっちゃんが池で遊んでいて、藻に足をとられて溺れ死んだ!
というニュースが飛び込んできました。
ませてたつもりでも、わたしもまだ小学1年生。
死ぬとはどういうことかピンときませんでした。

わたしの家にむっちゃんのお母さんから電話がかかってきて、
「どうか、とりぶうちゃんに顔を見に来てやってほしい」
とのこと。
むっちゃんは毎日家でとりぶうちゃん、とりぶうちゃんと言ってたのだとか。

父に連れられてむっちゃんの家に行きました。
まだ新しい家。
玄関に入るか入らないかのうちに、むっちゃんそっくりのおばちゃんが出てきて、
「・・・・とりぶうちゃん!よう来てくれた!」
とわたしの手を引っ張ってゆきました。
和室に寝かせられたむっちゃんは、鼻に綿をつめられていました。
わたしは死んだ人をはじめてみました。
いくぶん青黄色い顔のむっちゃん。
もともと目が細いので、目を閉じていてもいつもとかわりなく見えました。
おばちゃんはわたしの両肩をつかみ、むっちゃんの顔に近づけ、
「むつお、とりぶうちゃん来てくれたで、な、むつお!」
と激しくゆさぶりました。
まわりにいた人がみんな鼻をすするのが聞こえました。

わたしは当惑しました。
死ぬということが、あまりにもあまりにも実感がなかったのです。
「むっちゃん、来たで・・・・」
とひとことしぼり出した後は、なにも言うことができませんでした。
なにを言ったらよいのかもわかりませんでした。
こんなとき人は泣くんだろうと理解はできたのですが、
涙はひとつも出てきませんでした。
わたしに理解できたのは、むっちゃんの死の原因は肺に水が入ったことであり、
小さな米粒くらいの水でも肺に入ったら、人間は死んでしまう、ということだけでした。

ツクツクボウシが鳴いてる中で、お葬式は行われました。
小学校の生徒がみんなやってきました。
上級生には泣いてる人もいました。
担任の先生はずっと目を真っ赤にしていました。
わたしの同級生にも、泣いてる子はいました。
わたしはその子たちを見て、少しうらやましくなりました。
わたしにないものを持ってるんだと思ったからです。
わたしもああいうふうに泣けたらいいのに。
むっちゃんがいなくなった・・・
と泣けたらいいのに。
そうするとちょっとはむっちゃんがよろこぶかもしれないのに。

その後何年間か、8月16日になると、むっちゃんの家に行きました。
おばちゃんはいつも喜んでわたしを迎えてくれ、
「むつおも生きてたら、こんなにおっきくなるんやなあ」
とまぶしそうに言うのでした。
むっちゃんが亡くなってから、むっちゃんに妹がうまれました。
むっちゃんそっくりでした。
妹が大きくなるのは、わたしにとっても楽しみでした。
おばちゃんがうれしそうだ、というのがいちばんわたしにもうれしいことだったからです。
あのとき泣けなかったことを、わたしはずっと申し訳なく思っていたのです。

学年が上がるたびに、むっちゃんの記憶は薄れてゆき、
中学校に入るころには、8月16日にむっちゃんの家に行かなくなりました。
でも、長いこと、わたしは泳ぐときに顔を水につけることができませんでした。
鼻や耳から水が入ったら、死ぬ。
そう思っていたからです。
なにかの拍子に鼻や耳から水が浸入してくると、ずっと息を止め、
「肺に入れたらあかん、肺に入れたらあかん」
と念じていました。

いまではふつうに顔を水につけて泳げるし、耳に水が入っても肺につながっていないと理解できていますが、ときどき、ふと思い出すのです。
鼻に、耳に、水が入ったといって大騒ぎしてた子どものころのことを。



それでは~


とりぶう

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No title

僕も小学生一、二年の頃、祖父が亡くなった時に初めて遺体を見ました。
悲しい気持ちはあったのですが、泣いた記憶が無いですね。

hajime さん。

人が死ぬ=悲しい=泣く
というルールが身につくまで、けっこうかかりますよね。
そもそもわたしの場合、
人が死ぬ=悲しい
をうまく理解することができませんでした。
ぼやぼやしてたんですよね~。

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