時は金なりであるショートショート とりぶうの読むコント~宮古島  時は金なりである 


時は金なりである

テーマ : 日記 ジャンル : 日記

みなさんこんにちは。

9月11日。

といえば、同時多発テロ。

あれから何年たったのかもう覚えていないけれど、

すでに大人だったことは間違いない。

日にちで覚えられてる事件というのは、けっこうあります。

2・26事件に5・15事件。

551の蓬莱・・・、は事件でもなんでもありません。

2・26事件と5・15事件のころは、きっと「日にち+事件」、というのが流行っていたのだろうな。

歴史にも流行があるのだろうな。

ということで。

2015911、金曜日、モコの日記です。




吾輩はモコである。

文鳥である。

毎週金曜日になるたびにとりぶうは、

「ああ、ようやく金曜日!金曜日や!」

と盛大に喜んでいる。

人間というのは曜日によって気持ちが変わるらしい。

その点、吾輩は気が楽である。

何曜日でも「生きる」ということに熱中していたらよいのだから。

人間も本来、そうやって気楽に生きられるものなのだろうが、勝手に時間をなくして忙しくしているように見える。

時間というものは意識した時点で、時間にしばられることになる。

時間が流れるという意識を持ち始めるのである。

そう、時間は流れてゆく。

失われてゆく。

戻ることはない。

「時は金なり」

というが、『時』は人間がみずから進んでなくしたものなのである。




時は金なり 2015 9・11




時間が金だという考えでいると、若い、ということがよいことになる。

若いときには、先の時間がたくさんある。

「時は金なり」システムでいうと、金がたくさんあるといえる。

その後、中年になって、だんだん先の時間がなくなるのが見えてくると、金に執着しはじめる。

時間がなければせめて金を!

という仕組みなのである。

そして金にしがみつけばつくほど、時間がなくなる。

とにかく中年はしんどそうなのだ。

それなら老人がラクそうなのか、というと、そうでもないらしい。

「時は金なり」システムでは、時間がある老人は、金がある老人と同じである。

しかし、まるでそうでもない。

金のない老後のみすぼらしさ、というのは推して知るべしなのだ。

時間があるぶん、よけい辛さが増す。

人間がほしい時間というのは、そこに実りがあるかどうかである。

実りのある時間、つまり楽しい時間、ということである。

楽しい時間は金なり。

吾輩にとっての楽しい状態はどういうものか?

それはエサが確保されていること、暖かい気候であること、静かに眠れること、それだけだ。

人間が望むことは吾輩とは違うのだろうが、楽しい時間を大切にするということは、金があるのと同じことなのである。






モコはわりと食いしん坊です。

そしてずぼらなところがあり、運動がダメっぽい。

親近感がわくんだなあ。


それでは~


とりぶう

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