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ありがとう、近畿でなかった三重県

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みなさんこんにちは。

夏休みにどこにも行かないのが当たり前だった小学生時代。

家族旅行に行ける人々はいいなあ、とは思っていたものの。

周りを見回してもだれも家族旅行になど行ってはおらず。

よくて大阪の親戚の家に泊まりに行った、とかで、

せいぜいが、県庁所在地和歌山市に遊びに行ったとかいう程度。

家族旅行などというハイカラなものは、都会の金持ちのスネ夫的人々だけに許された特権であり、

核家族のなせるわざ、だと思っていた。

農家で三世代同居がスタンダードな地域では、夏休みといっても日曜日の連続みたいなもので。

たまに、だれそれのいとこが新幹線で東京に行った、などという話を聞くと、

「のび太のくせに生意気だぞ」と憤慨するジャイアンのごとく、

「いとこのくせに生意気な」と見ず知らずのだれそれのいとこに敵がい心を燃やしたりするのであった。(あほやろ)

そんな中。

毎年夏、なぜかわたしは日帰りで三重県に連れってもらった。

お盆休みだったか、日曜日だったか忘れてしまったが。

父の車に乗せられて、姉とふたり、あるいは妹もいたかもしれないが、とにかく、三重に行った。

三重に何をしに行ったかは知らない。

いや、教えてもらったのかもしれないが、わたしにとってはとにもかくにも県外に出かけるという事実が何よりも大事だった。

三重県はとなりであるにもかかわらず、和歌山県の子どもたちにとってはなかなかにマイナーな県。

「三重に行く」

と言っても、

「それどこ?」

などと聞き返され、これが大阪や京都なら、「えーなー」のひとことでも言ってもらえるのに、三重じゃなんだかうらやましがられないのが不満であった。

まあ、たぶん三重の人が「和歌山に行く」と言っても同じ反応をされたにちがいないと思う。

また、三重に行ったところで、行った先も田舎。

これが観光地であるならまだしも、とくに何もないことにかけては、自分の地元以上の土地であったため、とくに楽しかったということもなかった。

しかしなにより、当時のわたしにとっては「出かける」という行為が大事である。

「旅行」というのは「移動」と同義語であり、それが三重といううらやましがられない土地だとしても(失礼や)、

家から離れて違うところに行くのは夏休みの一大イベントに違いなかった。

ほとんどの時間が車に乗っての移動。

たまにドライブインで休憩するのがうれしく。

そこで飲むクリームソーダをストローで吹き、いつも泡ぶくぶくにしてあふれさせるのもいちいち楽しかった。

そしてなぜかガラスの浮きでできた貯金箱を買って帰るのがお約束みたいになってた。



貯金箱 001





中に入れるお金はほとんどないのに、貯金箱ばかりが増えるのであった。

さてしかし。

この三重県に行ったということが、のちのちのわたしを喜ばせることになった。

あるとき、社会科の時間だったと思う。

地理の勉強をしていて、日本の都道府県について学んだ。

先生が、

「近畿地方以外の県に行ったことがある人、手を挙げて」

と行った。

夏休みは長い日曜日の連続であるクラスメイトたちにとって、そんな遠出をしているものはほとんどいなかった。

うらやましいと思っていた大阪や京都だって同じ近畿地方。

そこまでなら行ったことがあっても。

その先まで行ける人というのは、よほど前世でよいことをしたにちがいない、くらいの珍しさであった。(どんだけや)

しかし、わたしは張り切って手を挙げた。

「はい、とりぶう、どこに行った?」

先生はわたしを指して聞いた。

「三重県!」

わたしは胸を張って答えた。

いっしゅん、クラスがざわついた。

三重?三重って和歌山違うん?などと言い出すやつもいた。

そいつは前世サルにちがいない。

先生は、

「ああ、そうやな、三重は近畿ではないな」

とうなずいた。

とたんにみんなの目線が「とりぶう、えーなー」に変わった。

わたしはどーだどーだという気持ちでいっぱい。

三重に何があったのか?と聞かれても、「おどろくほど何もなかった」としか答えられないとしても、

三重のおかげで数少ない近畿地方脱出者の一員になったのであった。

時は流れ。

今、三重県は近畿地方である。

少なくとも、教科書的にはそうである。

三重の人の思惑を無視して、近畿に加入させられている。

わたしは近畿二府四県と習ったのでそのつもりで生きてきたのだけど。

今は近畿二府五県なのらしい。

いまだったらわたしは長いこと近畿地方脱出者になれなかったわけで。

近畿地方を脱出するには、中学の修学旅行まで待たねばならなかったわけで。

クラスメイトに「とりぶう、えーなー」とうらやましがられもしなかった。

そう考えると。

まったくなんにもないところだなあと思っていたけれど、そのころの三重よ、ありがとう、という気持ちでいっぱいになるのであった。

のちのち。

三重には何度も本当の旅行で訪れ、そのたびに「いいところだなあ」と感じたのを思うにつけ。

旅行というのは自分の金で、自分の行きたいときに行くのがいいのだなあと思うのである。

それでは~


とりぶう

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